昨日、細木数子さんの番組を見て日本の将来について聞いてみて、生産業が成り立たない今の日本が鎖国して農作物などの食材が輸入できない時の東京について考えてみた。
そのとき、東京都って都内で生産できているんだろうかと思った。田畑は、23区ではなかなか見る事はできないし。実際、都外の地方・外国からの輸入に頼っている事もまた事実なのではないかと思う。今、鎖国してしまったら東京は物価がもっと高くなっていくのではないだろうか。
人によっては、地方に移住してしまう人も居るだろう。もしかしたら、東京在住者の半分にものぼるかもしれない。実際、そうなったら僕も東京には居ないと思う。多分、そのとき東京は日本の中心ではなくなると思う。その時初めて、地方の空洞化がなくなるのかもしれない。
もっと、突き詰めて考えると日本の経済が崩壊してしまうのかもしれない。利益を追求しすぎた経済は自分の首を絞めてしまうのだ。
僕は、安ければいいという考えは持たない様にしている。
もちろん、安い事は良い事だけど、安い=良い物と言う訳にはいかない。
実際は、高いものが良いものであるということ。高い物とは、それだけの技術・素材・美的感覚を備えているからである。そこには、値段ばかりの物も多くある。
しかし、僕は、いろいろな人生の回り道をして、デザインをしている。だからこそ、わかる事もある。今までがなかったらわからない事も多いし、今デザインをしていなければわからない事もある。
もともと、経済・コンサルタント・美術工芸品・芸術・物の形に興味があったが、今となってはもの凄く生きてきている気がする。時代を感じる努力が身に付いた。至る所に、時代は落ちている。
そんなことから、いろいな物を見る。
そんな考えから、最初にも述べたが、今日本が経済的に鎖国に入ったらということを考えた。
僕には、経済力もないし力も無いが、良いものを選びたい気持ちがある。
安ければ良い、腹に入ってしまえば一緒という考えは捨てたい。
使いやすい、素材がいい、色つやがいい、美味しそう、形がいいという所から今は選んでいる。料理には、とても長い歴史がある。味、香りプラスαで見た目(美しい)がある。
物には、熟成された物の先に見せ方(芸術性)が入り込んでいく。これは、どんな物にも言える事だと思う。
例えば、箸を上げてみる。韓国では、日本の箸より少し長い鉄箸。中国は詳しくないので言えないが韓国と日本を比較すると僕は、日本の箸が好きだ。長さも太さも素材も形も熟成されてとても使いやすい。長い年月をかけやっとこの形に行き着いたのだと思った。日本だけでも1500年の歴史がある訳だし、日本には、洗練された物が多々ある。茶道・華道・舞いなどの文化。実は、そこにこれからの日本の未来が見いだせるのではないかと思いを巡らせる。
僕は、先人が作ってきた文化を勉強し自分なりに解釈し自分なりに形にしていく事をしたいと思っている。これから、どうなるかはわからないが生き方は変える気はない。とにかく、がんばりたいと思う。